最近の労使間トラブルに関する裁判例


裁判例71:バナー広告制作業務の専門業務型裁量労働該当性、固定残業代と割増賃金

東京地方裁判所平成30年10月16日判決(判例タイムズ1475号133頁)

 

 本件は、バナー広告の制作業務に従事していた従業員が、退職後に、被告会社に対し、時間外労働等に対する割増賃金の支払いを求めた事案である(その他の請求は割愛)。被告は、原告の担当業務が専門業務型裁量労働制の対象業務であること、職務手当が割増賃金として支給されていたことなどを主張した。

 裁判所は以下の様に述べて、原告の請求を認容した。まず、労基法施行規則24条の2の2第1項各号は、労基法38条の3第1項1号の「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難」な業務を列挙したものであるから、同施行規則4号の「衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務」に該当するか否かも「かかる観点から判断することを要する」と指摘する。

 そして、原告は、「①被告に入社する前は、ウェブ・デザインに関する専門的な知見や職歴は全く有していなかったこと、②営業や編集の担当社員により、顧客から聴取した要望等に基づいて…指示が出されていたこと、③その納期は新規作成の場合であっても5営業日程度であり、原告は…1日当たり10件程度の顧客のウェブ・バナー広告を制作していたこと、④営業等の担当社員が、顧客から完成許可を得ることにより、顧客への納品が完了するという扱いになっていたことといった事情を踏まえると、本件業務の遂行に当たっての原告の裁量は限定的」であったとして、労基法施行規則24条の2の2第1項4号に基づく専門業務型裁量労働には当たらないとした。

 次に、職務手当については、ある手当が割増賃金として支払われるものとされているか否かは、契約書の記載内容、当該手当に係る就業規則の定めの内容、当該使用者の整備した賃金体系における当該手当の位置付け、使用者の労働者に対する当該手当等に関する説明の内容、当該手当の想定する時間外労働等の時間数や当該労働者の勤務実態等の諸般の事情を考慮して判断すべきとの平成30年7月19日最高裁判決と、通常の労働時間の賃金と割増賃金のいずれをも含む趣旨と認められる手当については、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とが明確に区分されない限り、当該手当の支払をもって割増賃金の支払がされたと認めることはできないものと解されるとした平成6年6月13日最高裁判決を前提として、次のように認定した。

 すなわち、まず、被告が、職務手当を割増賃金として支給していたと主張する点について、「被告は、新規採用職員の労働条件について、職種を問わず基本給を一律13万円、エリア手当を一律2万5000円とする一方で、職務手当・営業手当は職種により小さくない差異を設けていたこと」、及び一律である基本給とエリア手当の合計を、原告の「月平均所定労働時間…で除した通常賃金の時間単価は892円であり、東京都最低賃金…に抑えられていた」こと、「異なる職種間における職務手当の差異が時間外労働等の時間数の際に基づき設定されたことを窺わせる形跡もない」ことから、「このような賃金体系は不自然」とする。

 続けて、被告の主張によると、原告のような「広告営業職等に支給が約束されている10万円の職務手当」は、先に認定した時間単価に照らすと、「約90時間…分の時間外労働に対する割増賃金に相当する。しかも、賃金規程…において、職務手当が算定された割増賃金額を超過する場合には翌月に持ち越すことも認められているところ、被告の賃金体系における職務手当が、このように極めて長時間労働を恒常的に行わせることを想定した割増賃金の合意が形成されていたと認めることは困難である」とする。

 したがって、本件の「職務手当には、通常労働時間に対する賃金を補填する趣旨が含まれていたとみるほかないところ、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金の部分との区別が明確になされているとはいえないから、職務手当の支給をもって割増賃金の支払とみることはできない」とした。