東京地方裁判所平成31年1月23日判決(判例タイムズ1477号168頁)
本件は、被控訴人である弁護士法人が、業務停止処分を受けたため、従業員弁護士である控訴人に自宅待機命令を発し、その期間中は労働基準法26条所定の休業手当相当額のみを支払ったところ、控訴人が、その期間中に労務提供ができなくなったことは被控訴人の責めに帰すべき事由によるから、民法536条2項(改正前)を根拠として、被控訴人に対し、その間の賃金請求をした事案である。原審はこれを認めなったため、控訴人が控訴した。
裁判所は以下の様に述べて、控訴人の請求を認容した。まず、弁護士法人は、「当該弁護士法人所属の弁護士が当該弁護士法人の業務として故意又は過失により法令違反行為を行った場合には、それが当該弁護士法人において全く知り得ない態様で行われるなどの特段の事情のない限り、かかる法令違反行為を理由として懲戒を受けることについても予見可能性がある」とする。また、「懲戒として…いずれの処分が選択されるかなどの処分量定については、所属弁護士会等の裁量に委ねられるものではあるが…弁護士の職務ないし立場に照らすと、合理的理由のない限り量定のとおりの処分となることにつき予見可能性があることも否定できない」とする。
そして、被控訴人は、本件で懲戒事由となった「本件広告掲載行為の違法性を認識していたことは明らかであり、かかる違法行為を理由として所属弁護士会の懲戒を受ける事態となることについても、十分に予見可能であった」こと、及び「被控訴人は…大規模な弁護士法人であって…本件広告掲載行為の社会的影響が大きいこと、本件広告は…一般消費者の利益保護という景表法の目的を損なうおそれの強いものであること、…本件広告の更新回数や継続期間等に照らしその態様も悪質といえること」などに照らして、「被控訴人は、本件違反を理由として本件業務停止を含む相当重い懲戒処分を受ける可能性があることを容易に予見可能」であり、被控訴人が「全ての受任事件に係る委任契約の解除を義務付けられる…期間の業務停止処分を上回るものではないと信じる合理的理由があることを裏付ける的確な証拠はない」とする。
そのうえで、「被控訴人は…少なくとも過失により本件履行不能を招来したというべきであるから、本件履行不能は、被控訴人の民法536条2項の帰責事由によるものであると認められる」とした。
なお、被控訴人は、本件自宅待機を指示した際に、控訴人から「承知しました。」と返信されていたことから、賃金請求を信義則違反であるとの主張も行ったが、裁判所は、「本件自宅待機命令の単なる応諾に過ぎず、他に控訴人が休業手当を超える賃金請求権を放棄したことをうかがわせる事情も認められないから…信義則に反すると認められる余地はない」とした。