東京地方裁判所令和元年7月24日判決(判例タイムズ1481号178頁)
本件は、建物の総合管理業務等を業とする会社の従業員である原告が、被告である会社に対し、時間外労働に係る賃金支払いを求めたところ、被告が、①仮眠時間は労働時間ではない、②有効な残業代制の存在等を主張して争った事案である(他の争点は割愛)。
裁判所は以下のように述べて、原告の請求を一部認容した。
まず、①について、「労働基準法32条の労働時間(以下「労働基準法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない仮眠時間(以下「不活動仮眠時間」という。)が労働基準法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が不活動仮眠時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである(最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。そして、不活動仮眠時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱したということはできず、当該時間に労働者が労働時間から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価できる」とする。そして、本件において「原告らは、午前零時から午前6時までの間は、仮眠時間として…仮眠をとることになっていたものの…設備に異常が発生すれば、警報音が鳴る仕組みになっていたこと…、クレーム表…や日報…からうかがわれる…シフト勤務担当者の実作業の状況や頻度等に照らせば…、原告らは被告と本件ホテルとの間の業務委託契約(…)に基づき、被告従業員として、本件ホテルに対し、労働契約上、役務を提供することが義務付けられており、使用者である被告の指揮命令下に置かれていたものと評価するのが相当である」等と指摘して、①の主張を否定した。
次に、②については、「割増賃金の算定方法は、労働基準法37条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下、これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められているところ、同条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるというべきであるから、使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払う方法や基本給及び諸手当等にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払う方法により、同条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができるものと解される(最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決・裁判集民事256号31頁参照)。」
「そして、使用者が、労働者に対し、時間外労働等の対価として労働基準法37条所定の割増賃金を支払ったといえるためには、当該手当が割増賃金の支払の趣旨であるとの合意があることまたは基本給及び諸手当の中に割増賃金の支払を含むとの合意があること(以下「対価性」という。)を前提として、雇用契約における賃金の定めにつき、それが通常の労働時間の賃金にあたる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができること(以下「明確区分性」という。)が必要である」とする。
明確区分性に関して、被告の給与規定が「「調整給を含めた基本給」に「月45時間相当の時間外勤務割増賃金」を含む旨を定めているのみで、文言上も「調整給」が時間外割増賃金のみを指すのか、基本給部分にも時間外割増賃金が含まれるのかは明らかでなく、また、時間数の明示はあるものの、割増賃金の種類が示されておらず、通常の労働時間に対する賃金部分と割増賃金部分との比較対照が困難なものとなっている」こと、及び「被告において…従業員に対して、…法所定の割増賃金以上の支払がされたか否かの判断を可能とするような計算式が周知されており、実際に、当該計算式に従って割増賃金が計算され、超過した割増賃金が支払われているような事情もうかがわれない」と指摘する。
続いて、対価性については、「調整給を含む基本給が45時間分の時間外労働に対する対価を含むものである旨の被告の主張を前提とすると、これらの調整給の金額変更に合理的な理由を見出すことはできず…上記金額の変更に際して、原告らに対する特段の説明がなされたとも認められないこと…からすれば、対価性の要件についても疑義がある」と指摘する。
こうした点から「被告の主張する固定残業代制は、明確区分性及び対価性の要件をいずれも欠いている」として②の主張を否定した。