東京高等裁判所平成28年8月31日判決(労働判例1147号62頁)
本件は、うつ病に罹患し休職期間満了後に解雇された従業員が、うつ病は過重な業務に起因するとして解雇無効を主張し、安全配慮義務違反等による休業損害、慰謝料等の損害賠償を求めた事案である。
東京高等裁判所は、以下のとおり判示した。
労災保険法に基づく休業補償給付は、労働者が業務上の事由等による負傷又は疾病により労働することができないために受けることのできない賃金を填補するために支給されるものであるから(1、14条)、填補の対象となる損害と同性質であり、かつ、相互補完 性を有する関係にある休業損害の元本との間で損益相殺的な調整を行うべきであるが、休業損害に対する遅延損害金に係る債権は、飽くまでも債務者の履行遅滞を理由とする損害賠償債権であって、遅延損害金を債務者に支払わせることとしている目的は、休業補償給付の目的とは明らかに異なるものであるから、休業補償給付による填補の対象となる損害が、遅延損害金と同性質であるということも、相互補完性があるということもできない。 したがって、遅延損害金との間で損益相殺的な調整を行うことは相当ではないというべきである(最高裁判所平成22年9月13日判決、最高裁判所平成27年3月4日判決)。
また、休業補償給付は、填補の対象となる損害が現実化する都度ないし現実化するのに対応して定期的に支給されることが予定されていることなどを考慮すると、制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り、その填補の対象となる損害はそれが発生した時、すなわち、本件でいえば、各月分の休業損害について、これが発生する翌月25日(本来の賃金の支払期日)に填補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整を行うことが公平の見地からみて相当であるというべきである(上記各判決参照)。
なお、1審原告は、上記の特段の事情がある場合には、休業補償給付を休業損害の遅延損害金に先に充当すべきである旨主張する。しかしながら、上記の特段の事情があるからといって、休業補償給付による填補の対象となる損害が、遅延損害金と同性質のものとなったり、相補補完性が生じるわけではないから、休業補償給付を休業損害の遅延損害金に充当するのは相当ではなく、単に、休業損害が発生する本来の賃金の支払期日に遡って同損害(元本)が填補されたものとして損益相殺的な調整をすることができなくなるにすぎないと解するのが相当である。
厚生労働省の関係通達では、本件のような精神疾病についての休業補償給付の標準処理期間(行政手続法6条)が8か月とされていることなどを踏まえると、平成20年7月31日までの支給期間に係る休業損害(支給期間から少なくとも約1年が経過した平成 21年7月23日に支給決定がされている)は、制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞したというべきであるから、これらの支給期間の休業補償給付に対応する休業損害が発生する本来の賃金の支払期日に遡って同損害が填補されたものとして損益相殺的な調整をすることはできないものというべきである。