東京地方裁判所平成30年5月22判決(判例タイムズ1469号202頁)
本件は、試用期間中に被告会社と合意退職した原告が、本件退職合意の錯誤無効と、退職勧奨等の不法行為を主張して、地位確認と損害賠償を主張したところ、被告は、各事実を争うとともに、その前提として、退職時に不起訴合意があったとして、訴えの不適法却下を求めた事案である。
裁判所は、以下の様に述べて不起訴合意の効力は本件訴訟には及ばないとしつつも、原告の主張を否定して、請求を棄却した。
まず、不起訴合意について、「不起訴の合意の成否やその対象となる権利ないし法律関係の範囲等については、憲法32条等の趣旨を踏まえて慎重に判断すべきといえる。」と述べたうえで、本件における合意は「①…合意書締結以前の事由に基づく訴訟手続きの一切についての不起訴を合意するものとされ、その対象となる権利又は法律関係の範囲が広範であって、具体的に特定されていないこと」、「②…合意書締結当時…紛争は顕在化していたとはいえず…不起訴合意の対象となる権利ないし法律関係の範囲について協議等がなされた形跡は窺われないこと」、「③不起訴等合意条項は…被告…の用意した…合意書にあらかじめ印刷されていたものであるうえ、原告のみが不起訴を確約する片面的な内容になっていること」に鑑みると、「本件訴えに係る権利ないし法律関係について、民事裁判手続による権利保護の利益を放棄したとまでは認めることはできない。」とした。
そのうえで、錯誤の主張については、本件に関する事実を詳細に認定したうえで、「原告が、解雇を回避するために本件退職合意をしたとは認め難く、被告に対し、本件退職合意の動機が解雇の回避にあることを表示した事実も存しないから、退職勧奨に応じることもやむを得ないと考えて本件退職したと認めるのが相当である。」とした。
同様に、損害賠償についても、「被告の原告に対する退職勧奨が、退職に関する自己決定権を侵害するものであったとは認めがたい。」として認めなかった。