最近の労使間トラブルに関する裁判例


裁判例74:採用内定通知後、労働者の同意を得て実施したバックグラウンド調査により判明した事情等を主たる理由とした採用内定取消を違法とした事例

東京地方裁判所令和元年8月7日判決(判例タイムズ1478号187頁)

 

 本件は、採用内定を得た原告が、採用内定後に受けたバックグラウンド調査の結果、採用取消を受けたため、被告である旅行会社に対し、労働契約上の地位確認及び賃金支払いを求めた事案である。

 裁判所は以下の様に述べて、控訴人の請求を一部認容した。

 まず、最判昭和54年7月20日等に照らして、「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られる」とする。

 そのうえで、「本件全証拠に照らしても、原告が、被告に対し、経歴詐称や能力詐称に当たる行為をしたことを認めるに足りる的確な証拠はない」こと、及び「被告は、原告の採用に当たり、人材紹介会社においてすでにバックグラウンド調査が実施されたものと考えていたところ…本件採用内定通知を発した後に…バックグラウンド調査を実施し、その結果、後日判明した事情を本件内定取消の主たる理由として主張しているのであって、そもそも、本件採用内定通知を行う前に同調査を実施していれば容易に判明し得た事情に基づき本件内定取消を行ったものと評価されてもやむを得ない」ことを指摘する。

 こうしたことから、「被告が主張する…事情は、採用内定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものとはいえないから、本件内定取消は無効である」とした。

 次に、裁判所は、原告が「本件採用内定取消後、比較的早期に就職活動を再開」し、同業種の別会社にて一定額の給与を得ていること、及びその会社での就労期間が2年2ヶ月以上に及んでいることを指摘し、遅くとも、別会社における「試用期間満了後の…時点では、原告の雇用状況は一応安定していたと認められ、原告の被告における就労意思は失われたと評価するのが相当」であるとして、まず、「原告の被告に対する労働契約上の地位確認を求める部分…については、もはや訴えの利益がない」とする。

 その一方、賃金請求については、「本件採用内定通知…に定められた労働契約の始期」から、別会社の試用期間満了日「までの賃金については…原告はその間の賃金請求権を失わない」とした。

 そして、裁判所は、賃金請求額から中間収入を控除するにあたり、最判昭和37年7月20日に照らして、労働基準法26条の趣旨は「労働者の労務給付が使用者の責めに帰すべき事由によって不能となった場合に使用者の負担において労働者の最低生活を…保障しようとする趣旨であり、決済手続を簡便なものとするため、償還利益の額を予め賃金額から控除し得ることを前提に、その控除の限度を特約のない限り平均賃金の4割まではすることができるが、それ以上は許されない」ものと論じ、被告から主張されていた、原告が別会社で得た収入全額を控除すべきとの主張を否定し、4割の限度での控除とした。